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1972年当時を知る ジェフリー・メイソン(84) インタビュー 生中継を阻止しようと警察が乗り込んできた本編映像が解禁しました!

史上最も衝撃的なオリンピック報道の裏側に迫る!

本作の中心人物となるのが、当時ABC中継のコーディネーション・プロデューサーだったジェフリー・メイソン。32歳にして、スポーツ報道の枠を超えた歴史的な報道の最前線に立たされた彼は、どのように事件と向き合い、何を感じたのか。主人公のモデルとなったメイソン本人が、当時の緊迫した状況と、本作への思いを語りました。

ミュンヘンに入る前、私たちは入念な準備をしていました。しかし、まさかオリンピック中継がテロ事件の生中継へと変わるとは、夢にも思っていませんでした。あの日、事件が起きた瞬間に感じたのは、『これは人生で最も重く、大変な仕事になる』という覚悟でした。
テロ事件は突如として発生し、ABCのスポーツ局のクルーは急遽、22時間に及ぶ生中継を続けることとなりました。その中でメイソンが痛感したのは、想像したことないほどの報道の責任の重さでした。
私たちの生中継の映像を見ていたのは、一般の視聴者だけではありませんでした。人質になった選手の家族も、自宅の居間で事件の推移を見守っていたのです。そのことを知ったとき、私は自分たちが担うべき責任の重みをまざまざと実感しました。
さらに、報道が事件の進展に与える影響の大きさにも直面することになります。報道の自由と安全確保のバランスを取る難しさを思い知らされたと語りました。
警察から、生中継しているカメラを切るよう指示された瞬間、ハッとしました。私たちの中継は、世界中、誰でも見ることができる。テロリストたちにも見られているかもしれない。これは本当に慎重にならなければと。
生中継開始から数時間後、ABCニュースが報道を引き継ぐべきかという議論が持ち上がりました。しかし、スポーツ部門のトップであるルーン・アーレッジは、断固としてそれを拒否しました。
『私たち以上の報道を、ニュース部門ができるはずがない』とルーンは言いました。私たちは事件現場から100ヤード(約91メートル)も離れていないところにいました。スポーツ中継に特化した数十人ものチームでした。その状況を考えれば、ニューヨークにいるニュース部門よりも、私たちが続けるべきだと判断したのです。
結果として、ABCスポーツ部門は22時間にわたり事件を生中継し、歴史に残る報道を成し遂げました。

本作が描く「人間の物語」
『セプテンバー5』は、真実を追い求めた者たちの証言

メイソンは、本作の脚本を初めて読んだときの衝撃を振り返ります。
当初は、事実を並べただけの単なるテロ事件の記録映画のようなものかと思っていました。しかし、脚本を読んで驚いたのは、非常に深くリサーチされていることと、そこに描かれていたのが『人間の物語』だったことです。事件の背景や経過だけでなく、私たちが目の前の出来事にどう向き合い、何を感じたのか。私たちの心情が深く描かれていることに感心しました。
さらに、本作の意義についてこう語ります。
私は自分の目で見たことを語れる数少ない一人です。あの日、中継スタジオにいた人のほとんどは亡くなってしまって、もういません。だからこそ、あの日あの場にいた仲間たちの目と心を通して伝えることができるこの機会は、私にとって特別なものです。『セプテンバー5』は、9月5日に何が起きたのかを忠実に描く物語です。事件が次第に大きな悲劇へと発展していく中で、私たちは手元の技術を駆使し、正確な報道を目指して奮闘しました」と確信を持って本作を語りました。

メイソンの証言にもあった、生中継を中止させるために警察が乗り込んでくる本編映像を解禁しました!

自分たちでこの事態を世界中に報道すると決めたスポーツ局のクルーたち。スタジオにあったカメラを外に持ち出し、テロリストたちが立てこもる選手村にカメラを向けた。すでに2人が殺害され、まだ9人が人質になっている。しかし、彼らはある重大なことに気付く。選手村のテレビは、どの国際放送も見られるようになっているため、ABCも例外なくテレビに映し出されるのだ。スタジオに一気に緊張感が走る。テロリストたちが潜む部屋の窓をズームすると、カーテン越しにテレビの光がちらついていた。「……奴らも生中継を見ている?警察の動きが筒抜けじゃないのか?!」
程なく、警察無線がスタジオにも入ってくる。警察も同様に生中継を見ていたのだ。「ABCの放送を止めろ!」という声とともに、スタジオに警察がなだれ込んで来た…